2023.02.01
探 鳥
―琴弾くや天皇陛下のお出ましぞ―
冬の野山は淋しい限りである。雪国であれば真っ白な世界に埋もれ、ひたすら春を待つばかり。さすがにここ南関東では雪に埋もれることはないが、山はスギやシイなどの常緑樹を除いて、落葉樹はすっかり裸になって、山肌は斑な剥げ坊主のよう。地上では薄茶色に枯れてカサカサに乾いた草の広がりばかりとなる。目をひく花はまだない。
そんな冬の中でも草木を見る楽しみはある。同じように見えるスギやヒノキでも、よく見るとスギは茶色の肌が細く裂けていくらかくすんでいるが、ヒノキはその同じ茶色の肌がスギより幅が広く大きく裂け、鉋屑ような感じでその違いが分かる。カゴノキ(鹿子の木)という木の肌はその名の通り焦げ茶色の肌に五百円玉ほどの丸い禿があちこちに広がり、古いものと新しいものとの色違いもあって面白模様となっている。マユミの木は藪山ではよく目につく木で、濃い灰色と白に近い灰色との縦の綾模様がとても美しい。イヌシデもマユミと同じ灰色であるが縦の模様が大きくその中に白い稲妻のようなアクセントが走って和服のようで洒落ている。クヌギやコナラはまるでごつごつとした鰐の背中のようで荒々しい。サクラの肌は焦げ茶のザラザラとした肌で、傷口にできたかさぶたのような横線模様が幾重にも重なって、華やかな花とは裏腹になんともむさ苦しい。椿の幹はとても面白い。本来はのっぺりとした灰色の肌であるが、タイワンリスが木肌を横に齧った傷が焦げ茶色に変色し、それが不規則に幹の上の方まで続いていて、ツバキが作った抽象画のようにのように見える。こうして木肌を見ただけで木の種類が分かるようになる。
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バードウォッチャーたちには冬枯れなどなんのその、冬だからこその鳥たちとの出会いが楽しみな季節である。藪山であれば、アオジやジョウビタキ、シメやシロハラ、マヒワなど、水辺であればマガモやコガモ、オナガガモなどの沢山のカモたち、ハクチョウやガンなどほかの季節では見られない大型の鳥たちが北からやって来る。
鷽(うそ)は必ずしも冬鳥という訳ではないが、里ではこの時期よく見聞きする。
いつもの歩きなれた林道へ来ると、その日は入り口付近の道端に見慣れない黒い乗用車いくつも並んでいて、どことなく物騒な気配であった。何か事件でもあったのだろうか、それにしては警察の車ではない。少し不安な気持ちで奥へ向かってゆくと、上から下りてきた顔見知りの人が「陛下が来ておられますよ」とすれ違いざまに声をかけてくれた。その林道は陛下(現上皇様)が御用邸に来られた時によく探鳥される場所として地元の人には知られたところである。まさかその場に遭遇するとは。引き返すわけにもゆかず、そのまま奥へと歩き続けた。ところどころの道端に黒いスーツの屈強な男が立っている。お会いしたらどうしようか、その事ばかりが頭に浮かんできて鷽を探すどころではなかった。やがて川が蛇行して広くなった道で、明るく陽に照らされた山の斜面を双眼鏡で覗いている陛下と紀宮様が見えてきた。側にいた警備の男が先方の男と連絡をとって、「通れ」と身振りで合図してくれた。恐る恐るすれ違いざまに思わず「おはようございます」と声を出していた。すると陛下もあの独特なお声で「おはよう」と答えられ、何とも日常的な出会いであった。
林道の奥ではしっかり鷽もお出ましになった。
(鷽は別名「琴弾き鳥」ともいう。)
(鎌倉市在住 山室眞二)